東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)222号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで原告主張の審決取消事由について検討する。
1 取消事由1について
(一) 引用例(1)、(2)にはそれぞれ審決認定どおりの記載があること及び原告主張の取消事由1の(一)の事実は当事者間に争いがない。
右事実及び成立に争いのない甲第二号証によると、引用例(1)のものは、印刷用湿し水の酸度を測定しその測定値に応じ酸を添加する機構のみを備え、アルカリを添加する機構を備えていないが、これは印刷用湿し水はアルカリ度が高まる方向(pH値が大となる方向)にのみ変動するのが通常であつて、所望のpH値に調整するには、水による希釈又は酸の添加のみで足り、特にアルカリを添加する必要性がないからであることが認められる。
(二) 一方、新聞印刷のようなザラ紙への印刷にはアルカリを添加する必要があることは前叙のとおり当事者間に争いがないところ、当事者間に争いのない本願考案の実用新案登録請求の範囲及び成立に争いのない甲第四ないし第六号証によると、本願考案は、いかなる場合にも印刷の仕上がりを良好にするためには印刷用湿し水のpH値を的確に維持することが必要であるとの認識の下にpH値を一定範囲内に調整することを目的(課題)として、湿し水のpH値を連続的に検出する検出機構を設けると共にそのpH値の検出結果により酸だけではなくアルカリをも添加する手段を配設したものであることが認められる。
(三) そこで、本願考案におけるアルカリの添加手段を配設した点について考える。
成立に争いのない乙第二号証の一ないし三(制御工学ハンドブツク、昭和三九年発行)には溶液のpH値を制御するに当り酸及びアルカリの添加手段が併設された例が記載されている(なお右乙号証の記載は原告主張の廃水等の処理に限定されるものではない。)ことが認められ、このことからも明らかなとおり、一般に溶液のpH値を調整するに当り測定pH値が所望の値よりも大きい場合には水で希釈したり酸を添加してpH値を下げることにより所望値を得、また逆に測定pH値が所望値より小さい場合には水で希釈したりアルカリを添加してpH値を上げることにより所望値を得ることは、化学技術分野における常識的事項であると認められる。また、本願考案におけるアルカリの添加機構は、前掲実用新案登録請求の範囲には単に「アルカリ……を添加する添加手段」とのみ記載されているだけであるので、特段の構成を有するものではないことが明らかである。
そうしてみると、印刷用湿し水のpH値を適正に調整制御する目的で右pH値の変動に対応して引用例(1)のような酸添加機構のほかにアルカリ添加手段をも配設することは、当業者においては極めて容易になしうることであると認められる。
(四) よつて原告の取消事由1の主張は採用できない。
2 取消事由2について
(一) 原告主張の取消事由2の(一)の事実は当事者間に争いがない。
右事実及び成立に争いのない甲第三号証によると、引用例(2)のものは、印刷機を作動させて印刷作業を行うと印刷用湿し水の温度が次第に上昇することから一定温度以上の昇温を避けるために所定温度に達したときにはこれを冷却することによつて湿し水の温度制御を行うものであることが認められる。
(二) 一方、前記本願考案の実用新案登録請求の範囲及び前記甲第四ないし第六号証によると、本願考案は、印刷用湿し水のpH値について述べたと同様印刷の仕上がりを良好にするためには、その温度条件を的確に維持することが必要であるとの認識の下に右温度を一定範囲内に調整することを目的(課題)として、湿し水の測温機構による測定結果によつて湿し水を冷却するだけでなくこれを加熱する温度制御手段を備えたものであることが認められる。
(三) そこで、本願考案における右加熱手段を備えた点について考えるに、一般に溶液の温度制御に当つて、その温度を上昇させる必要がある場合に加熱手段を設けることは常識上当然のことであり、本願考案の加熱手段は、前掲実用新案登録請求の範囲には単に「加熱……する温度制御手段」とのみ記載されているだけであるので、特段の構成を有するものではないことが明らかである。
そうしてみると、印刷用湿し水の温度を適正に調整制御する目的で右温度の変動に対応し、又は寒期におけるオフセツト印刷の場合など湿し水が印刷作業中でも低温化するのに備えて引用例(2)のような冷却機構のほかに加熱制御手段をも付加することは当業者においては極めて容易になしうることであると認められる。
(四) よつて、原告の取消事由2の主張も採用できない。
3 取消事由3について
一般に液槽内溶液のpH値や温度を的確に測定するためには、右溶液が均一な状態になければならず、そのために液槽内溶液をかくはんすること及び右溶液をかくはんするのに槽内にかくはん機を設けることは成立に争いのない乙第一号証の一ないし三(プロセス計測制御便覧、昭和四五年発行)及び前掲乙第二号証の一ないし三に徴して周知の技術であることが認められる。また、本願考案の実用新案登録請求の範囲によると、「調整槽内湿し水全般のpH条件及び温度条件を常時一定化するためのかくはん手段を該調整槽内に設けた」と記載されているだけであつて本願考案におけるかくはん手段は特段のものではない。
そうすると、本願考案において、湿し水のpH値及び温度を常時一定化するために槽内にかくはん手段を設けた点は周知技術の適用にすぎないというべきである。
よつて、原告の取消事由3の主張も採用できない。
4 取消事由4について
本願考案の明細書(前掲甲第四ないし第六号証)を検討しても、pH調整と温度調整による効果の相互の関連性については特段の記載がないし、かくはんが前記3に認定したかくはんの一般的効果以上の特段の効果を生ずる旨の記載もない。そうすると、本願考案の<1>pH調整、<2>温度調整、<3>かくはんの各手段を結合したことの効果は、それぞれの有している効果の総和以上のものということはできない。従つて、右各手段の結合は引用例(1)、(2)及び周知の技術から極めて容易になしえたものと認められる。
よつて、原告の取消事由4の主張も採用できない。
三 以上のとおりであるから、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕本願考案の登録請求の範囲は左のとおりである。
印刷機構に供給される湿し水を収容する湿し水調整槽の上記湿し水のpH値を連続的に検出する検出機構を設けると共にそのpH検出結果により酸又はアルカリの何れかを添加する添加手段を配置し、又前記調整槽内湿し水の湿度を連続的に測定する測温機構を設けると共に該測温機構による測温結果によつて上記湿し水を加熱又は冷却する温度制御手段を備え、しかも前記調整槽内湿し水全般のpH条件及び温度条件を常時一定化するためのかくはん手段をpH調整槽内に設けたことを特徴とする印刷用湿し水管理処理装置。